リーガル・レバレッジ

リーガル・レバレッジ

コンサルに転身した元企業法務パーソンが、自分の市場価値を上げようと模索する日々を綴ります。

あなたは「正常だから」プレゼント商法にひっかかる 影響力の武器~なぜ、人は動かされるのか~

うーむ困ったなあ。どうしたものだろう。

渋い顔をしてますけど何かあったんですか?あっ、「渋い」顔というのは落ち着いた趣のあるというのではなく単にしょぼくれてるという意味ですよ

ご丁寧な補足だけど最後の一文要る?いやあ、店で売っているアクセサリーの売れ行きが悪くてね。値段の割にとても良いターコイズを使ってるのに...。仕方ない、値段を変えよう。アクセサリーの値段を今出している1/2倍にしておいてくれ。

そう落ち込まないでくださいよー。そんなしょぼくれた声でもごもご喋ってると売れるものも売れないですって。値段の変更了解です!

~1週間後~

店長、凄い売れ行きでほとんど完売しちゃいました!値上げでこんなに売れるようになるなんてびっくりですね!

売れには売れたけど値下げしてるから赤字だよトホホ...ってちょっと待って。今なんて言った?値上げ?

はい!もごもごしながら言ってたじゃないですか。2倍にしてくれって。

違うよ!2倍じゃなくて1/2倍だよ!

えー!何その分かりにくい表現!...でもよかったじゃないですか。倍の値段で売れたんですから。

確かにそれはそうだけど、一体これはどういうことなんだろう...

 

カチッ・サー

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

 

大当たり本と出合えたので感想ブログ。 コンサルなら読んどけ本らしいですが、コンサル以外の目線でも面白いステキな内容でした。

 

上記で紹介した事例ですが「値下げ=売れる、値上=売れなくなる」という世間一般のイメージからするととても不思議な現象です。値上げした結果販売数が変わらないどころか販売数が増えたという原因をどう考えればいいのでしょう?

 

チャルディーニは「動物には固定的な行動パターン、すなわちあるきっかけにより規則的・盲目的・機械的な行動が生じるパターンがあり、それは人間も同様である」旨の説明をしています。

七面鳥の母鳥とイタチのはく製を使った実験を例に説明します。イタチがはく製であったにもかかわらず、イタチが近づくと母鳥は猛烈な攻撃を浴びせます。

それでは、はく製の中に小さなテープレコーダーを仕込んだ場合はどうでしょう。そのテープレコーダーからはひな鳥のピーピーという鳴き声が収録されています。

ある程度予想できているとは思いますが、なんと親鳥ははく製が近づくのを許すばかりか自分の翼の下に抱きかかえてしまったというのです。

 

ピーピー鳴くかどうかだけで攻撃するか大切に保護するかを決める。まるで鳴き声によってカチッとスイッチが入って、サーっと映像が流れるテープ機械のようですね。(本書ではこの「カチッ・サー」がキーワードです)

この七面鳥の行動はなんとも不可解だと思いたいところですが、行動学者によるとこういった不可解な行動は七面鳥に限らず他の多くの種で確認できるということです。それはもちろん人間でも

 

ターコイズ店の例に戻って考えてみましょう。ターコイズについて大した知識のない客は「高価なもの=良質なもの」という、世間によくある標準的な原理に従って買うかどうかを決めてしまったのですね。高い価格の付いた値札を見て(カチッ)、これは良いものだと思った(サー)から買ったのです。

 

思考の近道を進んだ先に

馬鹿なやつもいるもんだなーと嘲笑するのは簡単ですが、果たして「高価なもの=良質なもの」という基準で買うかどうかを決めるのは絶対に愚かなことでしょうか?いやいやそんなわけはありません。だって「高価なもの=良質なもの」という原理は大抵の場合において正しい原理だからです。

仕事に私生活にと、朝から晩まで何かしらの決断を迫られるご時世です。全ての決断に対していちいち資料を揃えて熟考していたのではいくら時間があっても足りません。そう考えると、経験則やステレオタイプに従って「おおよそ正しいであろう」基準に従って行動するのは間違いなく合理的です。

 

こうした機械的な行動にもパターンがあり、本書では代表的な7つのパターンが紹介されています。その中の一つが「返報性の原理」で、それを悪用したのがプレゼント商法です。

 

詳細は続編で書きますが、人間の社会には「ギブアンドテイク」のルールがとても強くいきわたっています。社会が相互扶助によって発展していくことを考えると、与えられてばかりでお返しをしない人間が村八分にされるのは当然でしょう。


クレクレ君」「●●乞食」という言葉が罵りの単語として使われているように、貰うだけ貰って与えない人間には強い社会的な制裁や嘲笑が待ってます。そうならないためにも「与えられた時に恩義を感じる」というのは人間として当然で、返報性の原理に対抗するのを難しくさせています。
必要のない浄水器を買ってしまうこともやむを得ないですよね。だって事前に「この洗剤はプレゼントです!」と言われて販売員から洗剤を受け取ってしまってるんですもの。

 

「高いもの=良いもの」という原理を悪用するのは簡単。元値が3,000円の靴に10,000円の値札を付けて、靴を買うか悩んでいるお客さんにこう囁けばいいのです。「特別に3,000円にしておきますよ」と。

返報性の原理を悪用するのも簡単。街頭で日用品を配って、受け取った通行人にアンケートをお願いします。続いてアンケートの記入を受けてくれた人に「立ちながらは書きにくいと思うのでそこの喫茶店に行きましょう」と言ってコーヒーをご馳走します。
既に物を受け取っている以上、何もお返ししなければあなたはただの「恩知らず」です(実際はそんなことないんですけどね)。

洗剤を貰ってコーヒーまで奢られてしまって、どうすれば浄水器のオファーを無下に断るというのは難しい...

 

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もうこれ以上人を疑って生きていく人生は嫌だお...

この本の面白いポイントとして、こういった人間の行動パターンを悪用した商法に対抗する手段まで書いてくれてるのが面白いところ。仕掛ける側じゃなくやられる側の目線なのかと笑

贈り物を一切受け取らないスタンスでいると、人からの本当の好意を踏みにじるリスクがありますよね。お中元やお歳暮を着払いで送り返すのはやりすぎですし、平和記念イベントでボランティアの少女が渡してきた花を突き返すしたりなんてしたらもはやサイコパス

あなたのことを思っての贈り物なのか、あなたをハメたいからの贈り物なのか。見極めるポイントが紹介されているのが印象的でした。

 

 

最後に法務目線でのお話。

機械的な行動パターンを使った販売法がとっても有効なのは理解していただけたかと思います。ところでそろそろ疑問に思ってませんか。こんな売り方ズルくない?何かしら規制しなくていいの??と。


ただでさえ強力な販売方法なのに、テクニックの範囲を超えて行き過ぎたレベルになって来ると反社会性を帯びてきますね。情報格差のある一般消費者を守る必要が出てきます。そんな時のために景表法や消費者契約法がカバーしてくれてるのだろう、という私見

 

上記は典型的な事例ですが、元値が高値であると偽るのは典型的な有利誤認で景表法の規制対象です。街頭での販売は特商法クーリングオフ制度で保護されてますね。


本書で紹介されている人間の行動パターンを利用した売り方は、効果的であるがゆえに消費者が心から欲しいと思っていないものを買わせられる危険な売り方です。上記で紹介した偽の値付けやキャッチセールスみたいに、ちょっとでも悪質なレベルに入ってくると規制されてる可能性が高いと。じゃあ法務担当者としてはアンテナ張るべきだぜという話に。

 

本書紹介のパターンを頭に入れておけば事業部から売り方についての相談が来た時にさっと引っ掛けるアンテナが高まります。あれ、これって景表法チェックした方がいいんでない?と。

景表法の有利誤認や優良誤認の類型で考えるのはもちろん大事ですが、売り方目線でひっかけるとより漏れがなくなるかと思います。ぜひ活用してみてください。

 

 

同著者が書いた「プリ・スエージョン」という本を若手弁さん(@wakateben)からリコメンドいただいたので次はこちらを読む予定。

今年に読んだ本ランキングでは一位を快走する、とにもかくにもおすすめの一冊です。

 

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか